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東京地方裁判所 昭和45年(ヨ)2401号 判決 1972年7月20日

申請人 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 川端和治

被申請人 株式会社荏原製作所

右代表者代表取締役 酒井億尋

右訴訟代理人弁護士 和田良一

同 青山周

同 美勢晃一

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

被申請人は、申請人に対し、昭和四五年八月一四日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一箇月四万五、〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

二  被申請人

主文と同旨

第二当事者の主張

≪省略≫

(再抗弁)

一  思想、信条を理由とする解雇

1 申請人は、東大闘争をたたかい抜き、その延長として反戦派労働運動の一翼をになうべく労働者となり、昭和四四年三月小松製作所で「合理化、労働組合の右傾、御用組合化に反対し、資本家階級のアジア植民地化の攻撃に対する闘いへ決起すること」を呼びかけるビラをまいて懲戒解雇され、解雇後約二箇月にもわたってさらにビラをまき、右解雇の撤回と小松資本による合理化反対とを訴え続けた。その後も、小松製作所川崎工場青年労働者グループを組織して「青年の声」を発行し続け、この間一連の反戦行動にも参加し、昭和四四年九月にはデモ中現行犯逮捕までされている。被申請会社に入社後も労働強化に反対して残業に協力せず、残業八〇時間を認める労働協約の改訂を主張し、春闘時に積極的に発言し、被申請人の合理化計画である中期計画に対して徹底的にたたかうことを呼びかけ、プロレタリヤ解放兵団名義で反安保デモへの参加を呼びかけた。

申請人は、以上のような行動から明らかであるように、強固な反戦派労働者としての思想、信条を有する者である。

2 被申請人は、昭和四五年四月ごろから日本共産主義青年同盟のビラがまかれていたり、ML派のステッカーがはられたりしたことから従業員の中に反戦派労働者がいることを知り、職場集会での発言、残業非協力等のことから申請人もその一人ではないかと疑い、改めて申請人の身上調査を始めていた。ところが、被申請人は、同年六月中旬ごろ小松製作所から通告を受けて申請人が同社を懲戒解雇されたことを知り、申請人がこの間の一連のビラ、ステッカーはりの犯人であり、かつ、最も嫌悪する反戦派労働運動の極めて積極的な活動家であると認識し、申請人の思想、信条を知ったのである。

3 本件解雇は、申請人の思想、信条を理由とするものである。

このことは、次の事実からも明らかである。すなわち、(一)申請人には具体的になんの難点もなく勤務成績も良好であったのに、直ちに懲戒解雇が強行されたこと、(二)被申請人は本件解雇につき労働組合の同意を得る際申請人が過激な活動家である旨をわざわざ組合に告げたこと、(三)小松製作所での解雇理由は構外でのビラまきというなんら問題とすべきでない行為によるものであるのに、被申請人は、このことを知りながら申請人が同社を懲戒解雇されたことを重大視し、組合にもこれを説明したこと、(四)本件解雇直後被申請会社の試用工後藤義民に対し申請人との交際を絶つことを本工採用の条件としたこと、(五)就業規則第八七条三項の定め(懲戒に問われた者は懲戒委員会で弁明または意見の開陳を行なうことができる旨規定されている。)にもかかわらず、なんら弁明の機会を与えないで申請人を懲戒解雇としたこと。

したがって、本件解雇は憲法第一四条、第一九条、第二一条、労働基準法第三条、労働協約第五条(信条等による差別待遇禁止の規定)に違反するので無効である。

二  労働協約第三五条五号違反

被申請人と申請人の所属する労働組合との間の労働協約第三五条には「組合員が次の各項の一に該当するときは解職とする」、同条五号には「その他就業規則上の解職事由に該当し、かつ、組合が同意したとき」と規定されている。しかるに、本件解雇は組合の事前の同意を得ないで行なわれたものである。

三  懲戒解雇権の濫用

申請人の経歴詐称をもって直ちに懲戒解雇という最も重く将来の就職にもさしつかえるような処分に付した本件解雇は、懲戒解雇権の濫用として無効である。

すなわち、申請人は仕事の上で被申請人に損害を与えたことは全くなく、仮に小松製作所からの通告がなければ被申請人との間に雇用関係を継続し得たのであり、その情状には十分酌量すべき余地があったのである。このような場合、被申請人としては、結論を急ぐ前に就業規則第八七条三項の定めに従ってまず申請人の弁明をきき、申請人を訓戒にとどめるかあるいはより軽い懲戒とするべきであった。使用者に懲戒権が認められるのは職場秩序の維持のためなのであるから、たとえ形式的に懲戒事由に該当するものとしても、なんら具体的な職場秩序に対する侵害もないのに、直ちに最も重い懲戒解雇に処することは懲戒権の濫用として許されない。

(再抗弁に対する認否)

第一項の事実について、1のうち、申請人が昭和四四年三月小松製作所を懲戒解雇されたことは認めるが、その余は争う、2のうち、被申請人が昭和四五年六月中旬ごろ小松製作所から申請人が同社を懲戒解雇されたことを知ったことは認めるが、その余は否認する、3は争う(本件解雇は申請人の思想、信条を理由とするものではない。)。第二項の事実は認める。

第三項の事実は否認する(被申請人は、社長の諮問機関である懲戒委員会において申請人の処遇につき同人の学生としての身分を考慮し、まず同人が被申請会社を任意退社して東京大学に復学するよう勧告し、同人がこれに応じなければ就業規則に従って懲戒解雇とすることを社長に上申し、社長の命により宮口勤労課長をして申請人に対し任意退社の勧告をさせたのである。ところが、申請人は、宮口課長から「君は実際は東京大学の学生ではないのか」と質問されるや否や、その場に仁王立ちとなり、こぶしをあげて「なぜ、そんなことを聞くのか」とわめき始め、「私は東京大学の学生ではない」「同名異人だ」等と叫んで部屋を飛び出し、自己の職場である製罐工場に駆け込み、職制の制止をも聞かず就業中の従業員の肩を叩き大声でわめき散らす等の挙に出て職場を約一時間にわたって混乱させ、ようやく職場班長らに同行されて宮口課長との対談となったのであるが、なおも「権力だ」「会社の謀略である」「一切の退職は認めない」と叫ぶのみで再び職場へ飛び出しかねない勢いを示した。懲戒解雇に際して本人に弁明の機会が認められることは就業規則第八七条三項所定のとおりであるが、申請人は、その機会がいくらでもあったにもかかわらず、右の次第で経歴詐称に対する弁明の機会を申し出るどころか弁明すること自体潔しとしない態度であった。そこで、宮口課長は、これ以上申請人を説得して任意退社させることは不可能であって説得を続けることはいたずらに混乱を増すばかりであると判断し、やむなく申請人に対する退社勧告を断念してその場で申請人に解雇の告知をしたのである。)。≪以下事実省略≫

理由

一  被申請人が大型ポンプ、送風機等の製造を業とする株式会社であること、申請人が昭和四四年一二月二九日被申請人との間に雇用契約を締結し、同日以降被申請会社羽田工場に勤務してきたことは当事者間に争いがない。

二  解雇

1  解雇の意思表示について

被申請人が、昭和四五年八月一三日、被申請会社に入社する際申請人のした経歴に関する事実の申告が就業規則第八四条三号の「氏名その他重要な経歴を偽りその他詐術を用いて採用されたとき」に該当するものとして、申請人を懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  解雇の理由(経歴詐称)について

(一)  被申請会社羽田工場では昭和四四年一二月製罐工、溶接工、玉掛工、クレーン工、機械工等の各職種につき求人募集広告をし、申請人がこれに応募して被申請人に採用されたことは当事者間に争いがない。

(二)  申請人は、その際、次のような経歴を申告した(特に疎明を挙示したもののほかは当事者間に争いがない。)

(1)最終学歴 愛媛県新居浜市立西高等学校卒業(≪疏明省略≫)

(2)職歴

イ昭和四〇年 四月

新居浜市志賀商店勤務

同 四二年 六月

都合により退社

ロ同 四二年 八月

川崎市三田港運株式会社勤務

同 四三年一二月

都合により退社

ハ同 四四年 五月

横浜市藤木企業株式会社勤務

同   年一二月

都合により退社

(3)賞罰 なし

なお、≪証拠省略≫によれば、申請人の職歴が昭和四三年一二月から同四四年五月まで空白である点について、申請人は面接の際その期間田舎に帰って家の手伝いをしたりアルバイトをしていたと述べていることが認められる。

(三)  しかるに、申請人の経歴に関し、申請人は(1)昭和四〇年三月新居浜市立西高等学校を卒業後東京大学文科二類に入学し、その後同大学教育学部に進学して現に(被申請会社に入社当時)同大学に在籍していること(ただし、≪証拠省略≫によれば、申請人は退学届を提出しなかったけれども昭和四三年六月ごろから学業を続ける意志を失い、東京大学で講義を聴講しないで労働者として生活していたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる疎明はない。)、(2)昭和四四年三月株式会社小松製作所を懲戒解雇されていること、(3)職歴として同社に勤務したことが申告されていないほか、申請人が申告した志賀商店に勤務したことも、田舎に帰って家業を手伝っていたこともなかったことは当事者間に争いがない。被申請人は、以上のほか、職歴として申請人が申告した三田港運株式会社にも勤務したことがなかったと主張し、≪証拠省略≫には右主張事実に符合する部分がある。しかし、これらは≪証拠省略≫と対比して採用し難いので、三田港運株式会社に関する申告が虚偽であると断ずることはできない(ただし、申請人は、昭和四二年八月から同四三年六月まではアルバイトとして勤務していたことを自認している。)。

(四)  ≪証拠省略≫によれば、被申請会社羽田工場では大型ポンプ、送風機等の製造を行なっているが、その作業は熟練手作業および肉体労働に依存する部分が極めて多いので、現業職の採用は高卒以下の者に限定しており、現に同工場現業職のうち八〇パーセントが中卒以下の者で占められ、高卒の者は二〇パーセントに過ぎないことが認められる。ところで、被申請人は、このような現業職採用方針の理由として「現業職部門に高学歴者が混入することは生活感情、思考方法、行動様式のすべてにおいて高卒以下の者との間に距離があり、その違和感が原因となって職場の協調が破壊され易く、そのため生産効率に大きな支障を及ぼすことになるし、高学歴者は現業職として長期間継続して勤務する見込みがないので、このような者を採用すると被申請人が同工場現業職に期待する熟練労働力を得ることは不可能となる」と主張するのであるが、この主張が高学歴者を現業職部門に採用しない理由として不合理であって単なる杞憂に過ぎないものと断ずることはできない。また、使用者が労働者を採用するに際し特にその経歴を重視する理由は、「企業は人なり」という言葉もあるように労働者の労働力と人格とが密接な関係にあるため、使用者において労働者の労働力に対する評価ばかりでなく、その全人格すなわち知能、教育程度、経験、性行、誠実さ等に対する評価をも必要であると判断し、もって労使間の信頼関係の設定や企業秩序の維持、安定に役立たせようとするためである。したがって、労働者が経歴を詐称することは、その者の労働力および全人格に対する使用者の評価を誤らせあるいは誤らせる危険をもたらすものであって、労働者の不信義性を示し、労使間の信頼関係、企業秩序の維持、安定に重大な影響を与えることになるのである。このような見地から考えると、申請人が東京大学に在籍していることを秘して最終学歴を新居浜市立西高等学校卒業と申告したこと、小松製作所を懲戒解雇されていることを秘したことおよび職歴として同社に勤務したことが申告されていないほか、申請人が申告した志賀商店に勤務したことも、田舎に帰って家業を手伝っていたこともなかったことの虚偽申告は、申請人の労働力および全人格に対する被申請人の評価を誤らせるものであって、被申請人においてこれを重視することはもっともである。このことと、前段に認定した被申請会社羽田工場における現業職採用の方針とをあわせ考えると、申請人の経歴に関する虚偽申告は、就業規則第八四条三号に懲戒解雇事由として定めた「重要な経歴」に関する詐称に該当するものというべく、そのため懲戒解雇に付されてもやむを得ないといわざるを得ない(申請人が自己の申告を重要な経歴詐称でないとして主張するすべての事実を考慮しても、以上の判断を左右することはできない。)。

三  思想、信条を理由とする解雇との主張について

≪証拠省略≫によれば、申請人はその主張するような行動をした強固な反戦派労働者としての思想、信条を有する者であることが認められる。しかし、被申請人が申請人主張のようなことから申請人を反戦派労働者の一人ではないかと疑い改めて申請人の身上調査を始めていた旨の申請人主張事実については、これに符合する≪証拠省略≫があるけれども、これらは次に掲げる疎明と対比して採用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる疎明もない。

≪証拠省略≫によれば、申請人の経歴詐称の事実の発覚から本件解雇の告知に至るまでの経緯として次の事実が認められる。

すなわち、(一)被申請人はこれまで申請人の政治活動、組合活動等につき格別注目したことがなく、申請人を可もなく不可もない労働者であると考えていたこと、(二)被申請人は、昭和四五年六月中旬ごろ本社人事部が夏季賞与の件で小松製作所と連絡をとった際、同社の方から「当社にいて懲戒解雇された甲野という人物が貴社にいるはずだが」という話があって申請人が同社に勤務していたことを初めて知り、勤労課安宅課員を小松製作所川崎工場へ調査に行かせ、申請人が昭和四四年三月同社を懲戒解雇されたことを確認したこと、(三)そこで、申請人のした経歴に関する事実の申告に疑念がもたれたので、被申請人において一切の経歴につき細かく調査をした結果経歴詐称の全容が明らかとなったこと、(四)被申請人は、労務委員会および社長の諮問機関である懲戒委員会において申請人の処遇につき同人の学生としての身分を考慮し、まず同人が被申請会社を任意退社して東京大学に復学するよう勧告し、同人がこれに応じなければ就業規則に従って懲戒解雇とすることを社長に上申し、社長の命により宮口勤労課長をして申請人に対し任意退社の勧告をさせたのであるが、およそ被申請人主張のような経緯(事実摘示再抗弁に対する認否らん末尾括弧書きの主張事実参照)があったので、宮口課長は申請人に対する退社勧告を断念してその場で申請人に解雇の告知をしたこと。

以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定した事実および申請人の経歴詐称の重大性に照らして考えると、本件解雇の原因は申請人が経歴詐称によって被申請会社に入社したことにあるのであって、申請人の思想、信条を理由とするものではないと認められる(申請人が本件解雇を自己の思想、信条を理由とするものであるとして主張する事実中、被申請人が本件解雇直後被申請会社の試用工後藤義民に対し申請人との交際を絶つことを本工採用の条件としたとの点については、これに符合する≪証拠省略≫があるけれども、これらは≪証拠省略≫と対比して採用し難く、他にこの点を認めるに足りる疎明もないし、その他の点を考慮しても、以上の判断を左右することはできない。)。

四  労働協約第三五条五号違反の主張について

1  被申請人と申請人の所属する労働組合との間の労働協約第三五条には「組合員が次の各項の一に該当するときは解雇とする」、同条五号には「その他就業規則上の解職事由に該当し、かつ、組合が同意したとき」と規定されていること、本件解雇が組合の事前の同意を得ないで行なわれたものであることは当事者間に争いがない。

2  被申請人は、右協約条項の解釈およびその運用については従来から被申請人が組合員を懲戒解雇とする場合には直ちに本人に告知し、その後組合の同意を得て正式に発令し、右告知の日をもって解雇とする取扱いが慣行として確立しており、この点につき組合との間に完全な合意に達していると主張するところ、≪証拠省略≫によれば、従来から被申請人において懲戒解雇をするに際しその告知を急ぐ必要がある場合にはまず組合に対し事前に本人に解雇を告知する旨を連絡してその了解を求め、本人に解雇を告知した後、組合の正式機関の議を経た同意を得て正式に発令し、右告知の日をもって解雇とする取扱いをしており(実質懲戒解雇である論旨旨退職、依願退職の場合においても、解雇を勧告する場合には組合の同意を得ている。)、被申請人主張のとおりの事後同意の実例があることおよびこれらに対し従来組合から一度も抗議を受けたことがなく組合の了解を得ていることが認められる。そして、≪証拠省略≫によれば、本件解雇の場合にも従来と全く同様の取扱いをしたこと、すなわち、(一)被申請人は、前認定のように社長の命により宮口勤労課長をして申請人に対し任意退社の勧告をさせたのであるが、申請人は東京大学の学生であること等経歴詐称の事実自体を頭から否定して興奮した状態で部屋を飛び出し、自己の職場である製罐工場に駆け込んで職場を混乱させたこと、(二)そこで、宮口課長は、このままの状態では話合いによって申請人を円満退職させることは無理であるかも知れないと判断し、みずから田島組合委員長に電話をかけ、また、山室勤労課主任を直接町井組合副委員長のところへ行かせ、それぞれ申請人の経歴詐称の事実および話合いの経過等を説明し、場合によっては申請人に対し解雇の告知をすることを伝えてその了解を得たこと、(三)その後申請人は職場班長らに同行されて宮口課長との対談となったのであるが、なおも「権力だ」「会社の謀略である」「一切の退職は認めない」等と大声で叫んで再び職場へ飛び出しかねない勢いを示したので、宮口課長は、これ以上申請人を説得して任意退社させることは不可能であって説得を続けることはいたずらに混乱を増すばかりであると判断し、申請人に対する退社勧告を断念してその場で申請人に解雇の告知をし、その際申請人が解雇予告手当金の受領を拒絶したので、翌日これを未払賃金と共に供託したこと、(四)組合は解雇当日の八月一三日被申請人の了解を得て申請人を被申請会社羽田工場に残留させ、大村執行委員および製罐職場委員において申請人から事情を聴取し、翌一四日には三役会議および執行委員会を開いて本件解雇に対する組合の対処方針を検討し、被申請人に対し労使協議会を開くよう申し入れると共に町井組合副委員長、石坂書記長および大村執行委員において申請人と話し合ったこと、(五)労使協議会は同月一七日に開かれ被申請人と組合との間に申請人の経歴詐称の事実および話合いの経過等の説明、意見の交換等があり、その直後組合は執行委員会を開いて協議した結果申請人の解雇に同意することを決定し、即日その旨被申請人に通知したこと、(六)被申請人は、同月一九日到達の内容証明郵便で申請人に対し同月一三日付で解雇する旨を正式に通知したこと、以上の一連の事実が認められるのである。≪証拠判断省略≫

3  右認定した事実に基づき次のとおり判断する。

すなわち、労働協約第三五条五号が被申請人主張のように「事前同意」の約款ではないとまで断ずることには疑問がある。何故なら、「事前同意」の約款であると解することが労働協約中に解雇同意条項を置く趣旨に最もよく適合するし、被申請人は労働協約第三六条の文言との対比をいうが、必ずしもその主張のようにしか解釈されないものではなく(≪証拠省略≫中、組合が解雇に対する事前同意ではあたかも組員の解雇につき組合が加担するかのような印象を伴うことを嫌い、あえて解雇同意条項から「事前」との文言を省いた旨の部分は採用しない。)、前認定の事後同意の実例にしても、いずれも破れん恥犯またはこれに類する場合であるので、申請人主張のようなことから手続的なことが見過ごされてきたに過ぎないと見る余地もあるからである。しかし、右協約条項の解釈およびその運用については、従来から被申請人が組合員を懲戒解雇とする場合にはまず組合に対し事前に本人に解雇を告知する旨を連絡してその了解を求め、本人に解雇を告知した後、組合の同意を得て正式に発令し、右告知の日をもって解雇とする取扱いが労使間の慣行として確立していると認めるのが相当である(このような慣行もそれ相当の意義を有するのであり、これによって労働協約中に解雇同意条項を置く趣旨を全く没却してしまうものではない。)。そして、本件解雇の場合にも右慣行に従い従来と全く同様の取扱いをしたのであって、この点につき組合から手続違反であるとの異議があったような事情は少しも認められないのである。

したがって、本件解雇に労働協約第三五条五号違反の事実は認められない。

五  懲戒解雇権の濫用の主張について

以上に認定したすべての事実および判断によれば、本件解雇はまことにやむを得ないものであって、これが懲戒解雇権の濫用であるとはいい難い。

六  結論

以上の次第で、本件解雇は有効であり、申請人は昭和四五年八月一三日限り被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を失ったのである。よって、本件申請は、争いのある権利関係の存在につき疎明がなく、また、保証をもって疎明に代えさせることも相当でないと考えるので失当として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安達敬)

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